映画 「この自由な世界で」を観る
もはやイギリスを代表する巨匠となったケン・ローチ監督の最新作である。ケン・ローチが他の映画監督と異なる点は自身が左翼を自称し、どの作品も社会的弱者である低所得労働者階級を主人公として描いているところだと思う。しかもただ単に労働者の悲哀などを描くのではなく、彼らのおかれた境遇から派生する問題が次々と連鎖し、その結果状況はどこまでも悪化、もがけばもがくほど地獄から脱出できないやり切れなさをドラマ構築のキーポイントとしている。
日本にも一時期左翼を自称する作家は多く存在したが、その殆どはいつの間にか日和見を決め、残った人々ももはや作品を制作することもままならない状況に陥っている。「蟹工船」のようなプロレタリアート文学の映画化などの企画は立てられてはいるけれど、赤貧を見せ物にしようとしているようにしか見えない。本当の左翼はこの状況をどのように考えているのだろう。
さて「この自由な世界で」である。職業紹介所で働いていたシングルマザーのアンジーはある日いきなり解雇の憂き目にあう。両親に預けてある一人息子と一緒に住む夢を断たれた彼女は起死回生の策として、フラットメイトのローズと職業紹介所を立ち上げる。役所に届けも出さず税金も払えないモグリの職業紹介所である。そんな職業紹介所に集まってくるのは東欧や中近東からやって来た移民ばかりである。彼らを過酷な労働条件の工場や工事現場などに派遣しながら、せっせと彼らの給料から紹介料をピンハネしかなりの金を稼ぐことになるのだが、やがて綻びが生じてくるのである。
流石にケン・ローチの映画なので移民系労働者達の描き方がリアルである。トレーラーハウスに住んでいたり、冬に暖房もない寒い部屋に親子4人住んでいたりする彼らには希望も未来もない。ある者は雇用者であるイギリス人に憎悪を抱いているし、そのイギリス人達は彼らをモノのように扱う。いきなりクビにするのは当たり前で、時には賃金の支払いさえしてくれない。そして主人公のアンジーの設定がとてもリアルに描かれている。彼女は移民労働者達から仕事紹介料をピンハネする一方、彼女の働きがなければ移民労働者達に仕事がなくなるという信念を持ち、多少手荒なことも厭わない。彼女が一生懸命に働けば働くほど、移民労働者達に日雇いの仕事は巡ってくるけれど、彼らの地位も生活もそれ以上向上することも決してないのである。これらの矛盾は偽善を生むのだが、彼女はそれに気が付かない。気が付かないどころかますます深みにはまっていくのである。
ちょっと前にアメリカの金融バブルが弾け世界同時不況に突入してしまったわけだけれど、日本でもこの不況により派遣労働者達が解雇されたり、より労働環境が悪化したりという憂き目を見ていて、僕も実際幾つかのケースを目にしている。日本の場合、政府は彼らを救済しようという気はさらさらなく、彼らも団結して環境改善に向けて戦うことは希で、何とも資本家にとって生暖かい状況が続いている。市井の一員である凡庸な僕は、そうした状況を見て、人並みに怒ったり憂いたりはするのだが、結局のところやり切れなさが残るだけである。「この自由な世界で」を観ると正にそのやり切れなさをトレースすることになる。
ケン・ローチは初期に「ケス」という名作を撮っていて、それは今でもイギリスの若い映画作家達のバイブルとなっている。「ケス」にはその後のケン・ローチが向かう方向性がとてもシンプルな形で表れている。イギリスの独立系の映画を観ると、一見ケン・ローチの作風をそのまま真似たように見える映画も多く、いかにこの反骨精神溢れる映画作家が影響力を持っているかがわかるのである。また、ケン・ローチは2003年に高松宮殿下記念世界文化賞を受賞したのだが、その時のエピソードなどもなかなか素敵である。
この映画の中で描かれるリアルな日常は、日本人にとっても現実となっている。日本もいつの間にか外国人労働者で溢れ、企業の都合によって真っ先に失職する。まだまだイギリスほどではないにせよ、この映画が描く、抜け出そうにも抜け出すことの出来ない不幸は、気が付かないうちに足下にやってきているのである。
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コメント
私も見ました。
息子との幸せな生活や、安定した毎日が欲しいだけなのに、色々なモノを失っていくアンジーが見ていられなかったです。
しかし彼女は強いなぁ。ううむ
投稿: tomosky | 2008年12月 3日 (水) 12時35分
主人公はビジネスで多くの金銭を得るのですが、逆に人間性はどんどんと失っていくわけです。そして結局誰も幸せにはならないあたりがケン・ローチのなかなかに老獪な演出です。
彼女は強いというか、勢いがついた人は皆強いですね。それが正しい方向であろうと、間違った方向であろうと。私の周りは後者の胡散臭い人だらけですが。(≧∇≦)
投稿: atcy | 2008年12月 3日 (水) 22時08分
そうなのですか~
私は最近ショボボンです。ボン。
投稿: tomosky | 2008年12月 4日 (木) 12時18分
なんか一年中しょぼぼんと言ってますね。私はお腹周りがしょぼぼんとなって欲しいものです。
投稿: atcy | 2008年12月 4日 (木) 20時50分